語学
- 第一言語でない言語で表現されたものを翻訳なしで鑑賞したいという動機
- 情報を受け取ることはできるが、感情が動かされるような体験はまだない
- 思わず英語なり韓国語で反応してしまうくらいには感情とつながりつつある
- 字幕を見ながら単語の切れ目や対応関係が理解できるレベルでも十分に気持ちの入りどころは分かる
- 情報を受け取ることはできるが、感情が動かされるような体験はまだない
- 複数学んだ方が学習効率が良いらしい
- これの理由をあまり見かけないが、経験から感じたことはある
- 「教える」という言葉は韓国語で「가르치다(カルチダ)」
- これを思い出すのに英語の「culture(カルチャー)」を経由する
- ダジャレみたいなものだが、記憶のネットワークを作るのに役立ってるのではないか
- 「教える」という言葉は韓国語で「가르치다(カルチダ)」
- 学校の選択科目とは違うので、複数言語を学べないとかの制約はない
- 複数のプログラム言語を学ぶのと同じ
- アルファベットを通して韓国語もタイ語も文字の読み方が理解できる
- これの理由をあまり見かけないが、経験から感じたことはある
- 認知能力も向上するらしい
- 教材の量・質・アクセスしやすさすべてにおいてネットとスマートフォンがもたらした恩恵は大きい
- 基本的にはどんな言語もまずは耳(音)から入る
- こういうシチュエーションでこういうテンションで使うのか、というのが動画でしかも教材用に調整されたものとは違うリアリティで触れられるようになった
- 娯楽として外語に触れられるようになった
- iTunesで音楽を聴きながら歌詞を読み、気になった単語を調べて語彙を増やす
- 基本的にはどんな言語もまずは耳(音)から入る
- 単語や表現は一対一対応するものではない
- 個別の文章などを指して誤訳とか言い出してもしょうがない
- 言語構築主義
- 言語によって世界が構築されるという考え方
- ポストモダン思想もそうだが、異なる言語ゲームは共役不可能であると考える
- 言語によって世界が構築されるので、言語が違えば世界も違う
- ゆえに優劣はつけられず、相対主義に行き着く
- 書体が変わるだけで読めなくなる
- 人間が何を「同じ」として認識しているか
- 慣れによって克服
- 「に」と「た」を間違えるのは日本語が第一言語であればないと思う
- 人間が何を「同じ」として認識しているか
- 多和田葉子『エクソフォニー』
- 機械翻訳の精度が高まってリアルタイムに翻訳できるようになると語学に意味はなくなるか?
- 同じ言葉を共有する仲間という価値はなくならない
- 拙い発音や文法にも人生や態度が載る
- 言葉だけをやり取りしているのではない
- ある感情や状況を表すジャストな言葉を互いに翻訳できるのか
- ある言葉が生まれた背景、考え方、言語の構造
- 同じ言葉を共有する仲間という価値はなくならない