インターフェース
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辞書的な訳語は「界面」
- 混ざらずに接している2つの物質の境目
- 両者を接続するもの
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修士の研究分野としてはユーザーインターフェースデザインだった
- といっても使いやすさを追求するよりは、どのように創造性が発揮されるかということがテーマ
- 積極的な誤用
- 自分が作っているものを論文にするにはこういう切り口でないと難しいだろうという指導教官の判断
- 仲の良かったJames Gibsonがサービスデザイン、インターフェースデザインをしていたこともあり、興味はあった
- UIデザインのプロセスや受容のされ方、デザインの社会的な広がり、アーキテクチャが及ぼす影響と合わせて、インターフェースデザインの「政治」について考えてみたい
- リバタリアン・パターナリズム
- ユーザーの使い勝手だけでなく、提供者側の都合で作られるUI
- ダークパターン
- 単なる制作者の手癖、思い込み
- アーキテクチャや環境に誘導された「良い振る舞い」は果たして徳が高いと言えるのか
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悪と向き合い葛藤し、有徳性を獲得することが徳の高い人間になるということではないか —千葉雅也
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- といっても使いやすさを追求するよりは、どのように創造性が発揮されるかということがテーマ
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「梃子の原理」的なことが重要なのではないか
- 例えば頭で考えたことがそのまま起きるUIがあったとしても、そこに梃子の原理が働かないといけないような気がしている
- 想像力が働かず、思うようにできない
- 思う以上のことができない
- 実体はなくてもいいが、メンタルモデルを作るためのメタファーの助けになるようなもの
- 思い通り操作できるだけでなく、使い心地、使う上での快楽がある
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人間は道具を作った動物ではあるが、 道具の使い方を学ぶことが私たち自身を変える、という点に道具と人間の本質があることを意味している。—アラン・ケイ『ユーザー・インターフェース 個人的見解』
- アイディアを外部化し、それをまた部品として構築する
- 例えば頭で考えたことがそのまま起きるUIがあったとしても、そこに梃子の原理が働かないといけないような気がしている
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機械の視点から自身を捉え、変容する
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メディアそのものがメッセージを規定する
- メディアとコンテンツを分けることはできないという立場
- メディアが工学、コンテンツが美術という括りに対する批判
- コンテンツを作るのにも技術は必要
- YouTubeは動画共有が始まりなので、再生速度を変えられる
- 再生速度を変えて音楽が聴ける珍しいサービス
- YouTube Musicにも再生速度を変える機能はない
- YouTubeの再生速度は0.25刻み
- プログラム的は連続的に変化させるのも難しくはないはずだが、よく使う設定や誤操作防止を優先したと思われる
- 速度を変えることで発見的な聴き方ができる
- Vaporwave
- レコードとターンテーブルにあった自由度
- 通常の音楽配信サービスでは、配信されている音楽の速度を変えられない
- 再生速度くらい自由にさせろと思うが、文句言ってる人はあまりいなそう
- 逆再生すると普通に聴こえる加工などもあるが、それをする自由が与えられていない
- 再生速度を変えて音楽が聴ける珍しいサービス
- メディアとコンテンツを分けることはできないという立場
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デスクトップメタファーのように、現実にあるものを模倣する
- 擬人化
- コンピュータにはもっと広がりを持った世界があり、安易な人間中心主義はむしろ可能性を狭めている
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再生記憶と再認記憶
- 再生記憶は記憶から情報を呼び出し、その中から選ぶ2段階
- CUI
- 再認記憶は目の前にある中から選ぶ1段階
- GUI
- 心的負担が軽い
- 再生記憶は記憶から情報を呼び出し、その中から選ぶ2段階
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/masui/論文として発表されたインタフェースシステムが流行ることはない
- 流行るものは論文になる前にビジネスになるか、拙速過ぎてリジェクトされる