積極的な誤用
- 2008年に修士論文で書いたが、言葉自体は指導教官の前林明次が導き出した
- ユク・ホイのフルッサー
- カメラに人間がプログラムされている
- 想定された使い方の外に出られない
- 誤用については割と色んな人が言ってるが、何が正しくて何が誤用なのかは人間の「意図」によるもので、僕としてはそれは重要ではない
- できるからやる、できてしまう、アフォードする、探索空間などなど、ある構造を作った時点で生まれてきてしまう選択肢がある
- 人間が気づいてない、やってないだけの可能な選択があり、プログラムやAIは平等に実行する
- 脱人間とか非人間中心というのはそういうこと
- 俗に「デザインの敗北」とされる事例も、テプラなどで補修できている限りは敗北していない?
- できるからやる、できてしまう、アフォードする、探索空間などなど、ある構造を作った時点で生まれてきてしまう選択肢がある